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大阪高等裁判所 平成9年(ラ)247号 決定 1997年11月07日

抗告人

井谷修子

右代理人弁護士

松本剛

泉裕二郎

大場めぐみ

抗告人

井谷若太

右代理人弁護士

中山知行

相手方

奥野雅夫

右代理人弁護士

中村留美

神田靖司

大塚明

内芝義祐

主文

原決定を取り消す。

本件申立を棄却する。

手続費用は、原審、当審とも相手方の負担とする。

理由

一  本件即時抗告の趣旨及び理由

別紙「抗告状」及び「平成九年五月一日付準備書面」(写し)に記載のとおりである。

二  事案の概要

前提事実及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原決定「事実及び理由」欄「第二事案の概要」(原決定三頁九行目から七頁六行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

1  文中、「申立人」を「相手方」と、「相手方」を「抗告人」とそれぞれ訂正する。

2  原決定三頁一〇行目「別紙」の前に「原決定添付」を付加する。

三  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件土地は抗告人らの共有であり(持分各二分の一)、本件土地上には抗告人ら所有の五軒の貸家(各一戸建て)が建っていた。

(二)  相手方は、昭和五六年九月、抗告人若太から敷金一五〇万円、家賃月一二万円(平成六年一月より月一三万円)の約定で木造瓦葺二階建ての本件建物(床面積87.56平方メートル、一階和室六畳、洋間六畳、台所五畳、二階和室六畳、洋間六畳)を賃借し住居として使用していたが、本件建物は本件土地の中央部に位置していた。

(三)  右貸家はいずれも平成七年一月一七日の阪神・淡路大震災により全壊し、取り壊された。

(四)  相手方は平成七年六月抗告人らに対し、罹災法二条一項に基づき本件土地部分の賃借の申出をなしたが、抗告人らはいずれもこれを拒絶した。

(五)  抗告人らの事情

(1) 抗告人若太は、現在賃借マンションに妻子と共に住んでいるが、右マンションも震災により罹災して「半壊」の認定を受けているので、本件土地上に息子名義の建物を建て、移り住む計画を持っているが、具体的な図面等は提出されていない。

(2) 抗告人修子は抗告人若太の同意が得られれば、本件土地上に軽量鉄骨造二階建集合住宅(六戸分)の建築計画を持っていると主張しているが、具体的な図面等は提出されていない。

(3) 本件土地の北側に隣接する神戸市東灘区本山北町二丁目二一八番田六三一平方メートル、更にその北側に隣接する同所二一九番一田三〇七平方メートルの二つの隣接土地も抗告人らの共有土地であり、同土地は有料駐車場として使用されている。

(4) 抗告人ら間で本件土地の分割の協議が調わないため、抗告人若太は、平成八年一月三一日(受付日)、抗告人修子を相手取り本件土地について神戸地方裁判所に共有物分割請求訴訟(別訴)を提起したが、その訴状によると、本件土地を南北の線で二分割しようとするものである。右別訴は現在も係属中であり、進行次第では隣接地を含めた分割も考えられなくはない。

(5) 本件土地上の従前の貸家の借家人のなかで優先借地権の申出をなしたのは相手方のみである。

(6) 抗告人修子は、本件土地の近隣に位置する神戸市東灘区本山北町五丁目及び六丁目に本件建物と同程度の床面積及び賃貸条件の木造瓦葺二階建貸家を数軒所有しており、相手方に対し、右貸家の賃貸借につき誠実に対応する旨申し出ている。

(六)  相手方の事情

相手方は西宮市役所に勤務する地方公務員であり、現在肩書地の鉄骨二階建建物(床面積142.66平方メートル)を、家賃月一八万円、礼金二か月、敷金三か月の約定で賃借し、そこに家族四名(夫婦と子供二人)で居住している。右賃借期間は一九九五年八月二五日から一九九八年八月二四日までとされ、右期間は所有者が東京都赴任期間の不在期間を確定期限とされており、一九九八年八月二四日以降は更新はなく終了することとされている。

以上のとおりであり、右事実によれば、以下の事情が認められる。

(一)  抗告人らは本件土地を利用する意思があり、特に抗告人若太は自己使用の必要性が大きいということができるが、共有者である抗告人修子との調整ができないため、いずれも計画図面を用意できていない状況にあるが、本件土地及び隣接地の形状からするとき、同土地の分割案がまとまるときは、全体としてより有効な土地利用が実現する可能性がある。

(二)  本件土地のうち、中央部分の133.20平方メートル(本件土地部分)が相手方によって賃借されると、本件土地の利用が制約されるのみならず、隣接地を含めた土地の有効利用にとって不都合であることは明らかである。

(三)  他方、相手方は、現在の賃借建物を一九九八年八月二四日には明け渡さなければならないものの、本件土地上に居住すべき特別の利益はなく、近隣に存する抗告人修子所有の本件建物とほぼ同じ条件の一戸建ての貸家を借りて居住することは可能である。

そこで、検討するに、なるほど、抗告人らの建築計画の早期実現の可能性は小さいが、抗告人らにおいて本件土地を使用する意思及び必要性のあることは認めることができるところ、相手方が賃借しようとする本件土地部分は本件土地の中央部分に位置し、本件土地及びその隣接地の有効利用を阻害する可能性が大きい。他方、借家人との関係における罹災法二条の趣旨は借家人に借地権を認めることによって、借家人に住居を確保させることにあるが、相手方は期限付きであるが現に借家に居住しており、また抗告人修子が相手方に対し、近隣に所在する所有建物を代替貸家として提供しているのであり、右提供貸家が相手方にとって特に不利益ないし不都合とする事情は認められない。

以上を総合すると、抗告人ら側に正当事由があるというべきである。したがって、本件申立は理由がないといわざるを得ない。

2  よって、本件申立は棄却すべきであり、これと異なる原決定を取り消し、本件申立を棄却することとし、手続費用は原審・当審とも相手方の負担として、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官中田耕三 裁判官高橋文仲 裁判官德永幸藏)

別紙抗告状

原決定の表示

一 申立人が別紙物件目録記載二の土地について、建物所有を目的とし、期間を平成七年六月二八日から平成一七年六月二七日までとする賃借権(以下「本件賃借権」という。)を有することを確認する。

二 本件賃借権設定にあたって申立人から相手方らに対して交付されるべき一時金(権利金)の額を金二、二六八万円と定める。

三 本件賃借権の賃料を一か月あたり金六万二、八五〇円、毎月末日にその月の分を支払うものと定める。

抗告の趣旨

一 原決定を取り消す。

二 申立人の申立を却下する。

との決定を求める。

抗告の理由

一 原決定は、罹災都市借地借家臨時処理法(以下罹災法という)二条一項の規定に基づく相手方の優先借地権設定の申出につき、抗告人および共有者である井谷若太(以下「若太」という)の、右申出に対する拒絶に正当事由は認められないとして本件申出を認容した。

その理由としては(一)抗告人および若太の本件土地上での建物建築計画は、現時点では実現可能性が低い。(二)本件申出は、一体となった本件土地の真ん中にあたるとしても、抗告人らが本件土地全体を一体として利用する可能性は高くない。(三)相手方が本件土地部分での抗告人による借家賃貸の申出があったとしても正当事由が認められることにはならない、というにある。

二 抗告人の反論

1 右(一)、(二)に関しては現時点においては抗告人と若太の意見調整が付かず、現時点で抗告人の計画する本件土地全体を敷地とする共同住宅の建設が具体化していないのは事実である。

しかし、本件土地に借地権が設定されると罹災法上は期間は一〇年とされても借地借家法の適用を受けて、実際は更新を重ね長期に亘ることは必定であることを考えれば、震災直後の混乱した状況の中で短時日に共有者間の協議が調わないからと言って抗告人の主張を排斥するのは公平でない。協議が長引いていた理由には本件土地に対する抗告人と若太との間の共有物分割請求訴訟(神戸地方裁判所平成八年(ワ)第一二七号)があったのであるから、抗告人の共同住宅建設の可能性を判断するには、右訴訟の推移を待つべきであったと考える。

このように解しても、相手方は既に借家に居住して安定しているのであるから、何ら公平を害しない。ちなみに相手方は「契約期間が賃貸人の転勤期間に限定されたもの」というが、その立証がないばかりでなく、仮にそうだとしても借地借家法により保護されているのであるから、直ちに明渡を迫られることにもならない(期限付借家権であるとの主張・立証はない)。

2 次に右(三)について反論する。

(一) 罹災法は罹災都市の復興と罹災者の居住家屋の確保を目的として立法されたものと言われている。

しかし、現在では立法時と異なり、都市の復興については罹災を契機として行政による土地区画整理事業や、行政・公団・組合等による都市再開発事業等によって大規模に行われる例が多く、個別罹災借家人に頼る部分は少ないといえるし、更に居住家屋の確保についても罹災直後の混乱時には行政による仮設住宅等によって切り抜け、安定に向かうと共に土地所有者による再建が進みまたマンション等の集合住宅も多数提供されて、一応は確保されるようになる。

むしろ、罹災法二条の優先借地権(以下単に「優先借地権」という)に関する紛争が再建のための土地の譲渡を妨げまたは土地所有者による再建の支障となっているという皮肉な結果をもたらしている。

(二) もともと、優先借地権は契約自由の原則に対する重大な例外であり、特に日本における、土地に対する強い執着や、その経済的価値の高さを考えると、例外を設けることの合理的根拠が(立法時には認められたとしても)今もなお認められるとするには大いに疑問がある。なお、優先借地権の設定に際しても借地条件として一時金(権利金)の授受がなされるが、何故か、一時金の額は、通常は更地価格の六ないし七割程度とされる市街地の住宅地の場合でも、優先借地権の場合は四ないし五割程度(本件は四割八分)である。鑑定意見および本決定では、「罹災借家人の利益」を控除(本件では更地価格の一割二分と認定している)した、というのであるが、借家権は賃貸人の責に帰すべきでない災害によって消滅したのであり、それによる借家人の不利益を賃貸人に負担させる結果となる解釈は全く理解出来ない。罹災者救済というのであれば社会的責任において図らるべきであり、見方を変えれば、所有家屋を喪失した賃貸人は借家人以上の経済的損害を蒙った罹災者といえるのである。

以上のように一時金の額が不合理であるばかりでなく、仮に合理的な額の一時金の授受があったとしても、土地所有者の土地利用権が著しく、かつ長期に亘って制約されることに変りはないから、一時金の授受をもってしても、契約自由の原則の例外を認める根拠となるものではない。

(三) したがって、仮に罹災法を前提とするも、優先借地権は限定的に解釈されるべきである。

先ず、優先借家権の申出によって罹災借家人の居住が可能になる時はそれを優先すべきである。

罹災法も「建物所有の目的で自ら使用する」場合を除外事由としているので、優先借地権より建物建築と、それに対する優先借家権の申出を優先させていると考えられる。

してみると、罹災借家人によって借家権の設定が可能な場合には優先借地権の申出が認められないと解することは十分に可能である。

だとすれば、土地所有者が罹災借家とほぼ同じ条件での借家を提供すれば、優先借地権の申出を拒絶する正当事由があると判断すべきである。

本件で抗告人が提供した借家は全て、本件土地の近隣であり、借家条件も旧と大差なく(抗告人は協議に応じる旨も伝えている)、一部は修理を要するが軽微であって相手方が応じれば直ちに修理可能である。また共有家屋を相手方に賃貸することについては、若太も異論はないものと思う。

(四) また原決定は、「相手方(申立人)が抗告人(相手方修子)の借家賃貸の申出を拒絶しても本件土地部分での建物建築の必要性が否定されるわけではなく、抗告人ら(相手方修子、相手方若太)が他に不動産を所有している事情と比較すると、むしろ相手方(申立人)のための建物所有目的での借地権設定の必要性が高い」と認めて抗告人ら(相手方修子相手方若太)の主張を排斥した。

すなわち、原決定は正当事由の判断にあたって、本件土地に建物を建築すること自体の双方の必要性を論じている。

しかし、前記したごとく優先借地権は制限的に解すべきであり、土地所有者と比較すべき申出人の事情としては、単なる建物建築の必要性ではなく、住居の確保の見地から建物建築の必要性があるかないかという点であり、借家の方法によって現実に住居が確保される客観的可能性が高い場合には建物建築の必要性もなくなるというべきである。

(五) よって、本件には優先借地権の申出を拒絶すべき正当な事由があるというべきである。

三 以上の理由により原決定は取り消されるべきである。

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